弁護士 大橋 毅
映画「マイスモールランド」
「マイスモールランド」という映画をご覧になった方も多いと思います。
映画の公式サイトのストーリー紹介では、次のように書かれています。
17歳のサーリャは、生活していた地を逃れて来日した家族とともに、幼い頃から日本で育ったクルド人。
現在は、埼玉の高校に通い、親友と呼べる友達もいる。夢は学校の先生になること。
父・マズルム、妹のアーリン、弟のロビンと4人で暮らし、家ではクルド料理を食べ、食事前には必ずクルド語の祈りを捧げる。 「クルド人としての誇りを失わないように」そんな父の願いに反して、サーリャたちは、日本の同世代の少年少女と同様に“日本人らしく”育っていた。
聡太は、サーリャが初めて自分の生い立ちを話すことができる少年だった。
ある日、サーリャたち家族に難民申請が不認定となった知らせが入る。
在留資格を失うと、居住区である埼玉から出られず、働くこともできなくなる。
そんな折、父・マズルムが、入管の施設に収容されたと知らせが入る……。
映画「マイスモールランド」の法律的解説
まず、主人公の一家に日本で起きたことを法律的にみてみましょう。
認定申請者の地位は、審査を受けるための在留資格がある人と、仮放免という仮の地位しかない人と、その中間で「仮滞在」という仮の地位を有する人と、おおよそ三種類あります。
空港に着いたときに、難民であることを主張すると、「一時庇護上陸申請をするように」と指導されて、これを申請すると、最大でも7日以内、実務上は数日で自分が難民であることを証明しなければなりません。審査を受けるための資格を与えてくれることはないのです。証明できないと、とんぼ返りで帰国するよう言われ、帰国しないと不法上陸扱いを受けます。
空港で難民であることを主張せず、観光などの短期の滞在として入国しようとしても、入管から、難民認定申請をするのではないかと疑われると、上陸を拒否され、収容所に入れられます。未成年者は、「仮滞在」資格で解放されることもありますが、そうでない場合、仮放免が許可されて解放されるまで、何か月も、また時期によっては何年も収容が続きます。
空港で難民として訴えず、運よく短期の滞在者として入国が許されてそれから難民認定申請をすると、「特定活動」という在留資格を得て、審査を受ける間更新することができます。主人公の一家は、この場合に当たります。
難民認定申請の結果、難民と認められないと、せっかく更新されてきた「特定活動」の資格も更新が打ち切られ、オーバーステイにさせられます。
納得できずにもう一度難民認定申請をしたり、裁判をしたりしても、在留資格は復活せず、ただ仮放免許可を受けるだけです。
仮放免許可を受けるについては、通常、保証人をつけて、保証金を国に預けることになります。保証人は、弁護士がなることが多いので、映画では、平泉成さん演じる弁護士が保証人である可能性が高いです。他に、支援者や親族がなることもあります。
保証金などの他に、入管庁は、仮放免許可に伴って、いろいろ条件を付けていて、住んでいる県を出るには事前の許可を受けなければならないというのも、その条件の一つです。職業を持ったり、報酬を受ける仕事をしてはいけないというのも、条件の一つとして、2015年10月から、入管庁が付けるようになりました。
条件に違反したことが入管庁に把握されると、仮放免が取り消されて、収容所に入れられることがあります。また、保証金が没収されます。主人公の父親が、収容所に入れられたのは、このためです。
収容所というのは、刑務所や留置場と違って、入管庁の中にある拘禁施設です。
主人公が救われるチャンスがあるでしょうか。
難民認定申請をした場合、難民と認められなくとも、在留特別許可を受ける制度が設けられています。だから、制度としてはチャンスがあります。ただ、実際に入管庁が自発的に、難民認定申請者の子供たちに在留許可をした例は、聞いたことがありません。
入管法改悪で、監理措置制度でないと解放されない
さて、ここからが本題です。現行制度でも苦難に直面していた主人公ですが、入管法が改悪されたら、どう変わるのでしょうか。
まず、仮放免という制度は、重い病気などの例外的な場合にしか使われなくなり、替わりに「監理措置」という制度が置かれます。
仮放免では、保証人がいなくても例外的に解放される場合がありますが、監理措置では、監理人がいないと解放されません。これは未成年である主人公のきょうだいも同じです。
おそらく、弁護士が、一家の監理人になるでしょう。
一家は、「被監理者」と呼ばれる地位に置かれます。
入管法改悪で、弁護士が就労を監視し通報する
監理人は、仮放免の保証人と異なり、被監理者が監理措置条件を守るように監督することになっています。
そして、入管庁から要求されると、監理人は被監理者に関して報告をすることになっています。
また、被監理者は、原則として働くことが禁じられており、特に、強制送還の決定を受けてしまうと、就労の許可は出ることがありません。働いているかどうか、働いているおそれがあるかどうかも、報告事項になります。
つまり、主人公の父親が働いていると、監理人である弁護士が、そのことを入管庁に通報するということです。
映画で、主人公の父親が捕まってしまいますが、入管法改悪後であれば、弁護士が通報したことで捕まる可能性があります。
入管法改悪で、弁護士が通報することに同意しないと、収容される
弁護士が、依頼者のことを通報するようなことは、おかしいと思われるかもしれません。主人公の父親も、弁護士に、「どうして通報したんだ!」と怒りたくなるかもしれません。そもそも弁護士は依頼者の秘密を守るものなのではないかと疑問が生じます。
しかし、怒ることは許されません。衆議院の審議の中で、政府は、監理人が弁護士である場合に、弁護士の守秘義務を放棄することの同意書を、本人から取ることを検討していると答弁しているのです。
本人は、同意をしなければ、監理措置で解放されることはなく、収容所に入れられてしまうのですから、同意をせざるを得ません。
同意を踏まえて通報した弁護士自身が接見に来て、味方のようにアドバイスをしたら、主人公の父親ははらわたが煮えくり返ることでしょう。
入管法改悪で、難民が働くと警察に捕まる
映画では、主人公の父親は、入管の収容所に拘束されています。
しかし、入管法改悪後は、監理措置の下で、許可なく働いた場合、監理措置が取り消されるだけでなく、処罰対象にもあたることになっています。
だから、主人公の父親は、まず留置場に入れられ、有罪判決を受けたうえで、前科を有する者として収容所に入れられる可能性もあります。
入管法改悪で、主人公が在留許可される機会が狭まる
主人公が、難民認定手続の中で、在留特別許可の審査を受ける制度があると、前に書きました。しかし、今回の入管法改悪では、難民認定手続の中で在留特別許可の審査を受ける制度は、なくなります。
全く在留特別許可の可能性がなくなるのでなく、「職権による許可」といって、審査するかどうかも入管庁の裁量に委ねられた形で許可される可能性は残るのですが、制度があった今まででも入管庁は許可をしようとしなかったのですから、ほとんど可能性がなくなることは間違いありません。
また、改悪後の入管法には、在留特別許可の判断の際に考慮する要素を示す条文があるのですが、そこに挙げられた要素に、日本で教育を受けて育った子どもたちが日本に定住できるよう考慮することが、はっきり書かれていません。衆議院の審議で「在留特別許可の運用のガイドラインを作る」と説明されていますが、そのガイドラインに盛り込まれる予定の要素にも、日本で教育を受けて育った子どもたちが日本に定住するよう考慮することが、はっきり触れられませんでした。この点でも、主人公のきょうだいたちの将来が、映画の場合以上に閉ざされる恐れがあります。